アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

本を執筆してからの変化

明日の光: うつ病、トラウマの克服まで (メンタルヘルスノベルズ)
私は以前まで、母を実弟に殺害されたトラウマを引きずって生きてきました。
また、うつ病も併発し、何度も自殺未遂を繰り返し、入院することになりました。
詳しくは上記の著書の中に書いてあります。
よろしければ、読んでみてください。 
苦しみのさなか、私は執筆を思い立ちます。
そして私は、本を執筆してから劇的に変化しました。
何が変化したのか、それを以下にまとめました。
 
・自分を俯瞰できるようになった
文字通り、自分を俯瞰的に見ることができるようになりました。
今まではトラウマの断片記憶の真っただ中に置かれて、ただおろおろと混乱するだけだったのが、一個のストーリーとして、トラウマエピソードを認識できるようになりました。
これほど客観的に自分を見た事なんて、生まれて初めての事でした。
 
・断片記憶から一つのストーリーへ
トラウマ記憶というのは、大体が断片化された鋭くとがったガラス片のような記憶です。
触れれば当然傷つき、心から血を流すことになります。
また、ブラックアウトした記憶や、フラッシュバックして身体症状を引き起こす記憶まで、様々あります。
私にも当然ありましたし、この本を執筆するまでの2年間、思い出せない記憶も数か所ありました。しかしながら、何とか2年かけてブラックアウトした記憶も戻り始めたので、この本を執筆するに至ったわけです。しかしながら、傷をえぐりながらの執筆活動はやはりつらいものがありました。時には涙しながら、フラッシュバックに襲われながら、何とか吐き出すように書ききりました。書ききった時には、記憶は断片でなく、悲劇ではありますが、一つのストーリーとして完成されたものになりました。この時点で私は、トラウマの真っただ中から、少し離れた立ち位置に立つことができたのです。
 
・過去の自分の別人格化
今までは、2年前の自分の同一線上に立ち、事件の苦しみを引きずったまま生きてきました。
この書籍を執筆する、まさにその時まで、私は過去の私のままだったのです。
しかし私は、執筆し、校閲し、修正し、出版するという一連の作業の中で、2年前から今に至るまでの自分を、すっぽりと別人格としてまとめ上げたのです。
これによって私の心理内には、過去の私を俯瞰し、可能性を模索する前向きな自分と、苦しみもがきながら、起こった全ての事を憎みながら、しかし必死に助けを求める、そんな自分に完全に分離されました。
後者は書籍化する一連の流れの中でラッピングされ、名前を付けられ、心のフォルダに格納され、今後表に出てくることはないでしょう。
忘れたわけではありません。記憶として心の中に整理して格納したのです。
 
・今の自分の顕在化
人間は複数のペルソナを状況に応じて使い分けながら生きていると言います。
私はこの書籍を執筆する中で、今この文章を打ち込んでいる「私」という「ペルソナ」を獲得しました。これは生まれて間もない自己の一面ですが、まぎれもなく私です。
しかも後ろ向きに恨み辛みを吐き出しながら、苦しみもがく私ではなく、前向きに、意欲的に生を謳歌しようとする私です。これほど良い変化があるでしょうか。
しかし、一時は悩みました。自分の中に自分がもう一人いる感覚。
それはそうです。まさにその通りなのですから。
私はこの自分の中の自分をさらけ出さなければいけないと一時考えました。自分は一つでなければいけないと考えたからです。しかし間違っていました。
どうやっても一つには統合できない。水と油、まさにそんな競合するような二面性が形成されていたのです。
片方は世にさらすものではない。自分の心の底にしまっておいて、自分が認識さえしていればいい。そう思いました。
 
・まとめ
以上のように、私は見事に分離されました。分離というとなんだか2重人格みたいに聞こえますが、辛い苦しみに満ちた自分を切り離し、トラウマから解放されるために必要な事だったのです。これは間違っていない。私はそう確信しています。
今の自分はそれはもう難産でした。苦しんで苦しんで、ようやっと生まれたのです。
今トラウマに苦しんでいる方、その真っただ中にいる方、文章にしてまとめてみるのは効果的かもしれません。私は医者でもカウンセラーでもないのでお勧めはできませんが、一つの事例として参考にしてもらえたらいいと思います。