アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

手記 通夜

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通夜


夜が明けて、朝が来た。


疲れた体を引きずって、我々も起床し始める。


朝9時、おもむろにバルコニーへ出る。


ウグイスが囀り、清々しく晴れ渡った空をツバメが飛んでいた。


毎年毎年、実家のバルコニーに巣作りをしている燕だ。


雛に餌をやっているのだろう。


春爛漫。


優しく、暖かく心地よい風が頬をくすぐる。


そんな春らしい日だった。


それとは対極に、我々の心には暗雲が立ち込めていた。


精神的なショックと、連日の睡眠不足も重なって父と宗次は明らかに苛立っていた。


やり場のない、はけ口のない怒り、悲しみ、憎しみ。


そんなものをぶつける先を探しているかのようだった。


父はイライラとしながら、家の大掃除を唐突に始めていた。


何かしていないとどうにかなりそうだったのだろう。


私と宗次にもそれをするように強要してくるようになった。


やがて宗次と父は、お互い衝突し始める。


「おまえ、ゴミ捨てとけって言ったじゃろうが!分別もできてないし、なにしとるんじゃ!」と父が怒鳴る。


「母さんがやっとったこと全部できるわけないじゃろ!みんな辛いんじゃけぇ、一人でイライラするの止めてぇや!」と宗次が言い返す。


こんなやり取り、言い争いが始まっていた。


ますいな・・・このままでは家庭内で不和が生じてしまう。


そう思った私は、率先して父の言う通りに行動を始めた。


「オレがやるけぇ、それでええじゃろ?みんな手伝ってぇや。オレできるから。」そう言った。


私は幸い家事全般に通じていたため、私が仲裁し、私が全てやることでその場を丸く収めていた。


私だって内心やり場のない気持ちはあったのだ。ぶつける先のない怒り、憎しみ、それを決して表に出すことはしなかった。


「私が助けなければ・・・。」そんなことを考えていたように思う。


ただただ、無心に家族を助けていた。


そんなことする必要も責任も、私にはなかっただろうに。


その日は午前中に警察から連絡が入り、司法解剖が終わったので、遺体を返却するとのことだった。


急いで葬儀場の手配をし、一日あけて通夜を執り行う事となった。


私は家族を迎えに行くために一度我が家に帰ることになる。


その際に母が乗っていた車である「フォロクスワーゲンUP!」を譲り受けた。


母が一目惚れして買った車だ。車を見に行ったとき、一目見て「これ!これがいい!」と言って即決で買ったらしい。


実に母らしい、お洒落で可愛らしい、それでいてきびきびとよく走る車だった。


今回は急ぐ必要もないので、高速道路は使わず、下道を通ってゆっくり帰った。母の車に乗っていることもあり、途中感傷的にもなりはしたが、涙するほどではなかった。


一路自宅へ戻り、事情を説明して自宅で一泊した。


自宅に帰った私に、異常が起き始めていた。うつ病の兆候だ。


自宅にいる間、私は放心状態、何を聞かれても、どんな話を振られても返事が上の空で、ひどくボーっとしていた。何も興味関心がわかない。笑うことを忘れているかのようだった。


何も考えたくなかったのか、疲れていたのか、鬱々とした気持ちを引きずり夜が来る・・・。


夜、なんとなくフラッと外に出てコンビニへ向かう。特に用事など無かった。気を紛らわせたかっただけだ。


タバコを吹かしながら近くにある踏切を見やる・・・
「あれに飛び込めば・・・」
そんな考えが私の頭をよぎり始めた。しかしそんなことできるはずもない。


バカなことを考えているなと、その考えを振り払って家路につく。


この時は自分にうつ病の兆候が表れていたなんて想像もしていなかったし、考えもしなかった。しかし、病魔は確実に自分を蝕んでいた。


今ならそれがわかる。あの時適切な治療とカウンセリングを受けていればもっと違った結末があったかもしれない。


家族に打ち明けていれば今の私の現状には至らなかったかもしれない。
いまさらそんな後悔は無意味だが、どうしても考えてしまう。


家に帰って床につく。やはり睡魔はやってこない。


眼が冴え、眠れず、寝たと思っても結局浅い眠りを繰り返し、そのうちに朝が来た。


私の疲労感は凄まじいものがあったが、家族で通夜に出向くための準備を整え、車を回して葬儀場へ向かう。


妻は押し黙って、わけのわかっていない子供を諭していた。


子供に事情を話せるわけがない。


「おばあちゃんはご病気で亡くなったんだよ。」
そうさとして聞かせていた。


口が裂けても年派のいかぬ子供に大輔が母を殺したなどと言えるはずもなかった。


私も無言だった。


限界近い疲労感もあって、しゃべる気にも笑う気にもなれなかった。


葬儀場に着くと、続々と親族が集まり始める。


「あぁ・・・こんなに親戚がいたっけなぁ・・・」


とそんなどうでもいい事を考える。


食事が運ばれ、ビールも配られ、宴席が始まる。


とても宴会を楽しもうなんて気にはなれなかったが、ここも家の長男として、酒を飲んで見せ、出された料理を食べて見せ、親戚一同に酒を注いで回り、楽しんでいる風を装った。内心は全く真逆であったのに。


写真なんかを見ながら、母の思い出話、あんなことがあった、こんなことがあった、あの時は面白かった、母はあんな人だった、こんな人だった、子供のころは・・・などと思い出話に花が咲いていたが、一同複雑な心境なのはみな同じだった。


いや、本当に複雑だったのは叔父と叔母と私の家族と父、宗次だけだったろう。後の親戚はなんだかんだで楽しんでいたように見えた。


疎遠な親戚などこんなものかな。そう一人思う。


父は母の入っているお棺から離れようとしない。時折話しかけては涙している。「どうじゃぁきれいじゃろ?派手に飾り付けたけぇね。」そんなことを言っていた。


私達が父の心中を察することは容易ではなかった。


声さえかけられない。なんて言ってやればいいのか皆目見当もつかない。


やがて挨拶に来る人達が詰めかけ始める。


その面々に私は驚愕したのを覚えている。


店の常連客だったサラリーマン、普段、毎日昼食を買っていたらしいが、母とは雑談をする仲だったらしい。

涙ながらにどんな接客をしてもらったか、どんなことが嬉しかったかを語っていた。顔見知り程度のお客さんまでが涙しながら挨拶に来るのだ。


「母さんはいろんな人から慕われていたんだな、ありがたいな。母さんらしい。人が良かったものな。」そう思った。


私の旧友もあいさつに訪れ、彼らも涙ながらに「残念だ・・・悔しい・・・」と語る。それに私の心配もしてくれた。相変わらず私は涙もせずに「大丈夫・・・落ち着いてるよ・・・」などと語っていた。


私はどこかおかしいんじゃないのか?人間として何か欠落しているのでは?
そんな疑問が浮かんだ。みんな涙するのに私一人涙が流せない。おかしい。


その後懐かしい顔ぶれと、しばし談笑した。


私が異動する前の事業所の上司も、顔を出してくれたことも嬉しかった。
みな私を気遣ってくれる。


その時、弱さを見せればよかったのだ、人目もはばからずに泣けばよかったのだ。


夜も更け、みな静かになりだしたころ、私は気づいた。


何気なく触っていたスマホで、自分達の事件を扱うインターネット上の大規模掲示板のスレッドを発見した。


ある事ない事好き放題書かれていたが、そんなこと気にもならなかった。


便所の落書き程度の掲示板などこんなものだ。そう思っていた。


しかし問題は貼られていたリンク先だった。


アフィリエイトのまとめブログ。


読み進めていたら大輔やその親族のSNSから個人情報を得ようとしているのがわかった。


「まずい、全国報道されたんだ、SNSは全部消さないと個人情報を漁られる!」
予想は的中した。


SNSでは地元界隈のSNSアカウントでちょっとした騒ぎになっていたし、先ほど見つけたサイト以外にもいくつものアフィリエイトまとめサイトが乱立し始めていた。


「犯人の山戸大輔の顔写真判明か?兄弟は?」などと煽っていた。虫唾が走る。まるで死体に群がるハイエナだ。


倫理観などまるでないのだろう。私に起こったことも金蔓なのだ。


未だにそのサイトは残っている。


私はそれを親族中に見せ、SNSアカウント消すように促した。


幸い若い層以外はSNSをやっていなかったので、自分と同世代の親戚でSNSを削除し続ける事となった。


顔写真付きの画像だけを削除するもの、名前がわかる者を変更する者、色々だったが、私は直接かかわりのある親族なので、アカウント事消し去った。それが最善だと判断した。


これが功を奏したのだろう。


私達親族の個人情報までは誰もたどり着けなかったようだ。


そうしている内に夜も更けて行き、眠るものも出てきた。私は寝られなかった。悶々とネガティブな考えを巡らせるうちに、やがて朝が来た。


空が白み始める。私はおもむろに外に出てタバコを吹かしていた。


妻は大のタバコ嫌いだが、この時ばかりはさすがに文句も言わなかった。


もう数時間で葬儀が始まる。


私の心は不思議と静かだった。


不自然なほどに。