アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

現場検証

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現場検証
新幹線を降りた私は、電車とバスを乗り継ぎ、急ぎ実家へ。


田舎なので電車が1時間に一本、バスも1時間に一本しかない。


焦る私にはイライラさせられる時間だった。


一刻の猶予も惜しい。急ぎ実家に向かいたい。


この目で現状を確認したい。


焦る心ばかりが膨れ上がっていく。


待っている間私はイライラと歩き回っていた。


ようやく来た電車に乗り、一駅先の実家の最寄り駅へ。


最寄り駅と言っても実家まで10キロはある。


タクシーなんて一台も見当たらない。


またしても待ち時間で足止めを食うことになる。


数十分待ってやっとバスに乗った。


バスが停留所で停車するのも苛立たしい程に苛立っている。


ようやくバスが実家の目の前のバス停に到着する。


バスを降りた瞬間に愕然とした。

 

家の周りにぐるっと張り巡らされた規制線。
実家を取り囲む警察官。


物々しい雰囲気に気圧された。


さらにその周囲を囲むマスコミの報道陣。

 

何人いただろうか、それこそ警察の警備の周りをぐるっと囲むようにカメラとマイクを持った人間がいた。


バスを降りて現れた私にマスコミの一人が声をかける。
「ご親族の方ですか?何か一言いただけませんか?」
なんて無神経な奴らだ。もともとマスコミ報道陣が嫌いな私は頭にきて激高した。


「ふざけるな!撮るんじゃねえよ!このクソ野郎!!」


人の不幸も飯の種なのか。


いい映像を撮るため、インタビューを得るためなら人間性など捨てるのか。


そう思うと、その小汚さ、卑しさに怒りが爆発したのだ。


普段の私が使わないであろう汚い言葉が口をついて出てきた。


実家はとあるフランチャイズの商店を経営していたのだが、看板類、店の名前がわかるものは覆い隠されているか、撤去されていた。


ものの一日でだ。事件直後に一報を聞いて一気に撤去したのだろう。
でなければこれほど早く看板類が撤去できるものか・・・。


何と仕事の早い事か。


風評被害を恐れてのことだろう。

 

これにも幾何かの怒りが湧いた。


でもそんなことにいちいち構ってはいられない、一刻も早く家に入らなければ・・・。


私は規制線をくぐり実家に入ろうとする。


警察官の一人が私を制止した。


「はーい、ここ立ち入り禁止ですよー。入らないでくださいねー。」
何ともやる気のない、人を小ばかにしたような口調。


警察官とはこうも横柄な態度が許される職業なのか。

私はその態度に憤然とした。


私はまたも食って掛かった。


それほど心に余裕がなかったのだろう。


「親族だ!ここの長男だよ!さっさと通せ!!」
その警官はまたもあきれたように、鬱陶しげに言った。


「はいはい、わかりましたー。ではそうぞ。」
といって規制線を持ち上げくぐるように促す。


私はもうその警官に何も言う気も起きなかった。


腹は立ちはしたが、一刻も早く家に入りたかった。


家に入ると、まず目に入ったのが、尋常じゃないくらいに破壊された家の内部だった。


壁中の穴、穴、穴。


そこら中に穴が開いている。


そして玄関横の割れた姿見。


バキバキに割れて床に零れ落ちていた。


愕然としながらも、部屋で待機している父達の元へ行く。


「この家の中・・・いったい・・・」
と口を開いた私に、父が「大輔がやったんじゃ」とだけ答えた。


わかり切った質問だった。愚にもつかない質問だ。他に誰がやると言うのか。自分に呆れる。


その後、鑑識に立ち会っている宗次の元へ行き現場を見ることになる。


もう、その凄惨な光景に言葉も出なかった。


血、血、血…


争った形跡。壊れた家具。


父が大輔と格闘したのだろう。その話は父から聞いていたが、あまりの壮絶な破壊ぶりにわが目を疑った。


それほどの格闘があったのだろう。父の怪我も頷ける。


体重が100キロを超える巨漢と取っ組み合いだ、小柄な父が母を守ってやれるはずもない。


まるで現実感のない異様な光景が広がっていた。


非日常。認めたくない非日常がそこにあった。


私の頭は真っ白だった。何も考えられない。現実を受け止めきれない。


だが、これが現実なんだという認識が徐々に、確実に芽生え始める。


宗次は言葉もない。何も言えずぼーっと見ている。


当然だろう。私だってそうだった。何も言えるはずがない。


この光景を、この現実を認める事、飲み込むことで精いっぱいだ。


ふとコンロの上を見た。


鍋の中に、タケノコがゆでられているままになって放置されていた。


「そういえば大輔はタケノコ好きだったっけなぁ・・・」
回らない頭でそんなことを考えていたのを記憶している。


退院した息子のために、母は好物を用意してあげようとしていたのだろう。


そんな母を、あいつは殴りに殴って、挙句の果てに刺殺した。


それを思った瞬間に、燃え上がる黒い憎悪の炎。


憎い!憎い!殺してやりたい!
まさか自分の実の弟、一緒に育った弟を殺してやりたいと本気で思う日が来ようとは思いもしなかった。


何かが、自分の中の何かが心の中でバキッと割れるような気がした。


心の割れる音。心がえぐられ傷つく音。


そんな音を聞いた気がした。私の心が悲鳴を上げてきしむ。


鑑識が作業を終え、特殊清掃員が部屋を清掃する間、私たちも別室で待機することになった。

その間の外出は認められていたが、出られるわけがなかった。窓の外にはカメラを向けて虎視眈々とスクープを狙うマスコミ報道陣が待ち構えている。


私達は顔を取られまいとずっとカーテンを閉め切り、時折隙間から外の様子を覗き見ていた。


一向に去ろうとしないマスコミ。去らないどころか増える始末だ。


あまりの事態に警察がマスコミに対して、詳しい事情は後で公式に発表するから今は帰ってくれと言った。


警察の要請には従わざるを得なかったのか、あれだけしつこく家の周りを取り囲んでいたマスコミは帰っていった。ようやく外に出られる・・・。


作業が終わると、部屋はすっかりきれいになっていた。壊れたものはそのままだったが、あの光景が嘘のようにきれいになっていた。


私は「あの時オレがここに居れば、父に加勢していれば・・・あるいは・・・救急車をもっと早く呼べていれば・・・母は・・・」
そんな無意味な事ばかり考えて自分を責めていた。


考えたって、自分を責めたって、もう母は帰ってこないのに。


自分が悪いわけじゃないのに。


罪の意識は私の心を蝕んでいた。


着実に、ゆっくりと。


それがうつ病のトリガーだったとはその時は思いもよらなかった。


その日は実家に泊まった。


翌日から葬儀の準備があるのでしばらく家には帰れないからだ。


私は努めて気丈にふるまっていた。昔からそうだった。弱いところをみえられない。強がって強がって生きてきた。


ここでもそうだった。強がっていた。本当はボロボロなのに。


どん底まで落ち込み、イライラしている父達のために・・・そう思ってしまった私は気丈にふるまうしかなかった。いや、そうしてしまったのだ。


家の片づけをし、壊れたものを撤去し、ゴミとしてまとめ、何とかリビングを生活できる環境に戻した。


夕刻。「晩飯・・・どうする?」と宗次が言う。


父が気だるげに冷蔵庫に何か入ってるから適当に作って食べろと言う。


とても食べる気にはならなかったが、私は晩御飯の準備をした。


事件の起こったキッチンを使って。


鍋に残された母の最期の料理。捨てなければならない。捨てなければ。


私は断腸の思いで、煮詰まったタケノコを生ごみ入れに放り込む。


心がきしむ。心が痛む。


でも顔には出さない。態度にも出さない。私は強くあらねば・・・私だけは・・・。


そんな責任も義務もありはしないのに、私はそうせざるを得なかった。


そういう人間なのだ。


冷蔵庫に入っていた牛肉と、適当な野菜で肉炒めを作った。


やはり箸は進まない。父などまるで食べようとしなかったが、私と宗次で食べなきゃだめだと諭してようやく食べ始めた。


みんなで夕食を食べて、その日は早いうちに眠ることにした。


だが眠れない。頭も目も冴え切って私を眠りにつかせない。


眠れない私は、おもむろにリビングに赴く。


宗次がいた。私は宗次に声をかけた。


「眠れないのか?今日・・・お前大丈夫だったか・・・?」
「いやぁ・・・きついわ・・・。」
それはそうだろう。


またも馬鹿な質問をしてしまった。

 

「兄ちゃんはどうなん?大丈夫なん?」
と宗次が言う。


「オレは・・・まぁ・・・なんとかな・・・」
そんな返答をした。


何とかなっているはずがないだろうにここでも強がって見せる。


「許せんね・・・許せん・・・母さんがあんまりだ。こんな死に方ないよ。年金だってちょうどもらい始めて、店閉めて老後をって時だったのに・・・孫もできたばっかりなのに・・・。」
宗次が涙しながらそう言う。


「あぁ・・・許せんな・・・憎い。殺してやりたい・・・。」
私は悲しみよりも怒りと憎しみが先行していた。どうしようもないくらい膨れ上がっていた。その場に大輔がいたら殺していただろう。


そんな会話をしながら、タバコを一緒に吸い、気分を変えるためにお互いの近況なんかを話し合いながら、数時間を過ごした。


夜も更け切ったころ、と言うよりはもはや朝だったが。


私達はようやく眠りについた。


翌日からは通夜、葬儀の手配が始まる。


とても忙しくなるだろう。それこそみんな悲しむ暇もないくらいに。


私は未だに嘆かずにいる。嘆けばよかったのだ。誰かに縋りついて泣けばよかったのだ。甘えたって許されたはずだ。


父や宗次と同様に、嘆き悲しめば、悲しみの処理をしっかりとしていれば、私は今、うつ病になどなっていなかったろう。


これほどまで落ちぶれて、苦しんでなどいなかったろう。
後悔しかない。