アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

手記 警察編

 

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警察編


待合室で2時間ほど待っただろうか。


ずいぶんと長く感じた2時間だった。


目の前にいた出産を待つ男性は無事、看護師に呼ばれていった。
嬉しそうな顔で。


片や失われた命を飲み込めないでいる。


片や生まれ来る命に喜びを感じる。


ずいぶんと対極的な対比ではないか。


警察を待つ2時間の間、誰も一言も発しなかった。


無音、静寂、空調の機械音だけがよく聞こえるほどの静けさ。


父も宗次も私も、何とか、このあまりに悲劇的で、衝撃的な事態を心の中で消化しようと、飲み下そうと悪戦苦闘していたに違いない。


その静寂を打ち破るように、おもむろに父が口を開いた。
「何でこんなことのなってしもうたんかのぉ・・・」
後悔、自責、情けなさ、不甲斐なさ、悲しさ、悔しさ、怒り、そんな感情をミキサーにかけたような呟きだった。


私達は息子として何も言えなかった。


何もかける言葉も見つからなかった。


言えるわけがない。今の父の、夫としての心中など計り知るすべを持っていなかったのだから。


ただ自分の中には自分を責め続ける自分がいた。


「なんで親元を離れた!大輔の病気のことは知っていたはずだ!状態が悪いのだって知っていたはずだ!退院して自宅に戻れば少なからず何かあるだろうってわかってたはずだ!何でキャリアを選んだ!」
そう自分を責め続けていた。


後悔しても悔やんでも、もう母は帰ってこない。もう会えない。
自分がいれば、あの時転勤しなかったら、全てたられば話だ。
意味がない。


決して私のせいではない。私が悪いのではない。


悪いのは大輔だ。他の誰にも罪はない。


それはわかっている。


でも自分を責めずにはいられなかったのだ。


この気持ちは後々私に悪影響を及ぼし続ける事になる。


うつ病を悪化させる要因の一つになった。いわゆるトラウマだ。


そんな思いを抱えながら悶々としばらく待ったが、なかなか警察はやってこない。検死に時間がかかるのだろう。


時刻は23時を回ろうとしていた。


しびれを切らした私は、ただじっと思い悩みながら、自分を責めながら時が過ぎるのを待つことに耐え切れず、父に言った。


「父さん、気分転換にタバコでもいかんか?」
何が気分転換だ。我ながらふざけたことを言っている。転換できるような気分ではないはずだ。わかっている。


父は「いこうか・・・」とボソリと答えた。


病院の外にあった喫煙所で親子3人、人目もはばからず、座ってコーヒーを片手にタバコを吹かしていた。


涼しげな夜風が吹いていた。空には雲もなく、月がよく見えた。町明かりで星は見えなかったが。


誰も何も語らない。ただただスゥ・・・ハァ・・・とタバコを吹かす。
大きく、ため息代わりに。


私はもう禁煙していたことなどどうでもよくなっていた。
何本も何本も吸い続けた。


決してやってこないであろう安堵感を求めるように。


喪失感、虚脱感、絶望感、そんな感情が私たち3人をすっぽりと包み込んでいたかのようだった。


タバコでも吸わなければやっていられなかったが、タバコを吸ったところで晴れるような気分でもなかった。


しばらくして戻ったところに警察の方がやってきた。
そして一言。「この度はお悔やみ申し上げます。」


淡々とした事務的な語り口調、業務上で言い慣れたような無感情に、ほんの少し憤りを覚えた。私の母の死など面倒な仕事でしかないという事か。


「家族の方、どなたか証拠品の確認をお願いしたいのですが・・・」
これも事務的な語り口調。私のイライラと不信感が募る。


こんなことでいちいち同情するような仕事ではないのだろう。それはわかる。そういう仕事だ。だがせめて人間らしい感情を見せてほしい。


そう思った。


父が「わしは無理じゃけぇ・・・頼んでええかのぉ・・・。」
と力なく父が言うので、長男としての責任感から、私が引き受けた。


宗次と父は再び喫煙所に戻り、私だけが警察の対応をすることになった。


長男として、ここは責任を果たさねば、父を助けねばという意思があった。


警察が大きなバッグから証拠品を出し始める。


私は強烈なショックを受けた。


最初に母の血で黒々とぬめった包丁。いつも母が料理に使っていた包丁だ。


どす黒い血にまみれてぬめり、気味の悪い照り返しを見せている。


次に見せられたのが血まみれの破れた服。胸のあたり、ちょうど心臓を一突きするように服が破れている。


「あぁ・・・これは助からなかったろうな。」と漠然と思った。


さらに、身に着けていた下着類。これらも血で赤く染まっていた。


それらすべてを確認した時に、私の頭は思考をやめていた。


全てが真っ黒に見えた。


今でこそ思い出せるが、しばらくそこの記憶は映像としては真っ黒な状態だった。思い出すことを拒否していたのだろう。


確認し終わった後に、警察が言う。


「では、この書類に指で割り印を押していただきます。」
これも事務的で機械的


「この人たちは、人間として何か欠落しているんじゃないか?」
そう本気で思った。


書類に必要事項を書き、割り印を押し、証拠品の確認は終了した。


どっと疲れが押し寄せる。精神的なショックを受け過ぎたのか、軽く胃がむかむかする。吐き気を催した。


しばらくトイレに入り、呼吸を落ち着けて父達の元へ向かった。


その後、父と宗次と合流したところに、母方の叔父がやってきた。


全員で合流し、母の遺体が安置されている警察署へと移動することになった。取り調べがあるらしい。


警察署の2階にある取調室にそれぞれ別々に入り、取り調べが始まった。


1時間強に及ぶ取り調べが行われたが、正直何を聞かれて、何を答えたか、まるで覚えていない。


自分にとって警察の相手など、どうでもよかったのだろう。
そんな心境ではなかった。


頭の中では「母の顔が見たい。母に会いたい。」


そればかりだった。


本当は司法解剖等が行われるまで会わせてはもらえなかったらしいが、父が頼み込んだ。


父は「なんとか、なんとか会わせてください。顔を見させてください。」
と必死の形相で頼みこんでいた。


警察の方も折れて、「本当に見ますか?いいんですね?」と言っていた。


我々はそろって「かまいません、お願いします!」と答る。


午前2時。


母に会えた。


想像以上の衝撃を受けた。


泣き崩れる父、叔父、弟。


怒りに震える私。


母の顔は無残なものだった。


殴られた場所はブクブクと赤黒く腫れ上がり、唇はざっくりと切れていた。


母に何が起こったのか、大輔に何をされたのかが頭の中で理解できた。


実際に見ていないにもかかわらず、光景がありありと想像できた。


どれだけ殴られたのだろうか、どんな気持ちだったのだろうか・・・。


それを考えた時、私の心がひどく痛んだ。母が哀れでしょうがなかった。


生前の母の面影が無くなった母の顔。


嘆き悲しむ父達とは真逆に、私は涙を流さなかった。


それよりも、頭の芯が凍り付いたような感覚。


感情の一部が鈍麻したような感覚。


そんな状態であった。


ここで嘆き悲しめていればよかったのだと、後々思い知ることになる。


しかし動かない心の中にも、一つ強い感情があった。


ひどい憎しみの感情。どす黒い、さながら煙のような黒いもやもやが私の心に充満していった。


それは憎悪、大輔に対する激烈な憎しみの感情。


「殺してやる!殺してやるぞ!」


これだけがどんどんどんどん膨れ上がっていくのを実感した。


「許さない、絶対に許さない。」


燃え滾るどす黒い感情。


私はそれに支配されていた。


その後、すべての手続きが終わり、我々は解放された。


午前3時を回るところだった。


実家に帰れるはずもなく、近くのビジネスホテルを探す。


なんとか泊まれる場所を探し、私のレンタカーで全員を送った。


なんだかんだ車中で雑談しながら向かったが、心から笑っていた者などいなかった。


チェックインしたが、眠れなかった。眠れるはずがない。


高ぶった神経は私を眠りにはつかせなかった。


もう遅い時間だと知りながら、私は上司に連絡を入れた。


上司は深夜にもかかわらず私のために起きていてくれたのだ。


こんな時間まで、私を気遣って起きていてくれた上司には感謝の念しかない。ありがたいことだ。


朝方に戻って連絡をする旨を伝え、ベッドに再び入った。


眠れず時間だけが過ぎて行く。


頭の中は憎しみと自責の念ばかり。


耐えがたい時間だった。


同室の父も同様に眠れなかったようだ。


あたりまえだろう。眠れるはずもない。


結局一睡もせずに、会社に赴くことにした。


父から急に呼んですまんと、レンタカー代を貰った。


別に気にすることないのにと思ったが、ありがたく受け取った。


車を走らせ、ショップにレンタカーを返却し、徒歩で会社に向かう。


上司に対面し、個室で話を聞くということになり、談話室へ。


「ヤマさん、大丈夫か?よぅもどってこれたな。なんじゃ、目が死んどるぞ?まぁ無理もないな・・・。」


優しい言葉に少し安堵した。


同僚たちも心配して声をかけてくれた。


元々いた自分の現実。自分の世界。


帰属していたコミュニティーに帰ってきた安心感。


それを感じた瞬間に、私の目から涙が零れ落ちた。


こういう時は優しくされると涙もろくなってしまうものだ。


上司、さらにその上の上司と話をした結果、忌引き休暇と、特別休暇で一ヶ月ほど仕事を休むこととなった。


さらに上の上司は、「何ならもっと休んでもいいぞ?一ヶ月で大丈夫か?」と言ってくれたが、私は丁重に断った。


働きたかった。働いて働いて考える時間がないくらい働きたかった。


その後、会社に放置してあったロードバイクを回収し、自宅に戻った。


妻と娘たちに起こったことをありのままに説明する。


涙する妻。


子供たちも、幼いながらに「おばあちゃんがいなくなった」と認識したのだろう。


グズグズと鼻を鳴らしながら泣いていた。


その日一日は自宅で過ごすことになり、翌日からは現場検証、葬儀の準備等で実家に戻ることになっていた。


このころから、私の体調に異変が出始めていた。


放心状態、死にたくなるような気持ち。


そんな気持ちが心の中に芽生え始めた。


翌朝、実家に帰る準備をし、新幹線に乗った。


地獄のような光景を目の当たりにするとも知らずに。