アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

生きよう

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今の私はうつ病を患いながらも、おそらくは回復期と言える状態にあるのだと思う。

だが以前は違った。2年前の春、統合失調症を患った弟に母を殺されたあの日から私の絶望の日々が始まった。

それまで当たり前だった価値観、世界観が全て覆されるような、破壊されるような衝撃。そして絶望。

私の人生は転がり落ちるように急変していった。

母を失い、家庭が半壊した精神的なショックに加え、勤めていた会社内での事件を理由にした冷遇、左遷、パワハラ

私の精神は耐えきれずに悲鳴を上げ、ついには折れてしまった。

でも家族を養わなければならない一心で転職をしたが、そこでもパワハラに会い、さらに転職。そこでも結果は同じだった。

ある日、私は処方された薬をすべて開封し、口に放り込んだ。

無心だった。

ただただ消えてなくなれることに安堵していた気さえする。

だが、無慈悲にも私は生き延びた。

そこからは怒涛の日々だ。隔離病棟に拘束され、3ヶ月の入院生活。退院してからも病状は悪く、さらに祖母の死が追い打ちをかける形で再入院。そこから1ヶ月弱の入院生活を送った。

この入退院を繰り返した経験は地獄のようであったが、私の中の価値観や偏見を消すことになった。

私は統合失調症が怖かった。敵愾心すらあった。だが入院して気が付いた。入院患者は統合失調症の患者がほとんどなのだ。

統合失調症患者との触れ合いは私の意識を変えた。みんな必死に生活している。生きている。私の母を奪ったのは統合失調症という病気であって、人ではないのだ。

自然と弟への憎しみも消えていた。

2度目の入院の後、自宅療養に移った。

私の病状は落ち着いてはいたものの、絶えず襲ってくる不安感、絶望感、希死念慮との格闘は続いた。

その時助けになったのは1度目の退院の後から始めたツイッターだった。

自分だけじゃない、みんな苦しいんだ。

そう思えた。

励ましあい、支えあいながらさらに数ヶ月過ごし、今の自分は笑えている。楽しむこともできる。光がさした気がする。

心の傷は消えない。一生背負うのだろう。壊れた世界も元に戻らない。でも焼け野原にも花は咲くのだ。

生きる。どん底でも絶望的でも生きる。

強くそう思う。

今絶望の淵にいる人も多いだろう。いっそ死んでしまいたいと思う人もいるだろう。私もそうだった。

でもね、いつか光がさすよ。

生きようと思えるよ。

だから生きよう。

今日だけ、明日だけでいい。明後日なんて考えなくていい。

今、生きよう。