アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

うつ病における自己否定

うつ病とは

1、 一日中気持ちがしずむ

2、 これまで好きだったことが楽しいと感じられない

3、 急に体重や食欲が落ちる

4、 眠れない、あるいは眠りすぎる

5、 ソワソワと落ち着かなくなったり、 反対に動作が鈍くなる

6、 毎日体がだるく、なにもする気がしない

7、 自分をダメ人間だと考える

8、 なにも決められなくなり集中して考えられない

9、 死にたいと思う

 

こういった気持ちがおおむね2週間以上、持続的に続く病です。

だれでもうつ状態抑うつ状態になりえる可能性があります。

うつ病はそれが連続体として発生している状態のことを指します。

 

期間はおおむね2週間以上とされていますね。

 

しかしうつ病うつ状態の間に明確な区別はありません。

誰でもうつ状態に陥る事はありますが、うつ病の苦しみは、日常一般人が感じる気分の

落ち込みとは、その深さ、辛さ、継続性という面で根本的に異なるものです。

 

うつ病患者は「自分が何もできない」ことを責めます。自己の否定です。

まぁいいかと思うことができない。

 

これが「うつ」の「辛さ」であるといえます。

うつ病はものの見方が変化する。ちょっとのことで「全て自分が悪いんだ」「じぶんが

すべてわるいんだ」と感じてしまう。

 

自己の否定が肥大化しすぎて、感じ方が現実と乖離している状態です。

 

うつ病を患うと、しばしば自己を否定する考えに陥ります。それも日常的にです。

「何もしたくない」

「悲しい」

「何をするのも億劫だ」

「人に会うのが怖い」

その他にもいろいろとあるでしょう。

 

それに対して

 

「こんな自分は本当の自分ではない」

「早く元の自分に戻らなければ」

「何もできない自分は情けない」

 

こんな風に自分のマイナス面の感情を否定してしまいます。

これはうつ病において必ず発生するものです。

私にもありました。

しかしこのマイナス面での感情は、自己を守るうえでのプログラムとも考えられます。

原始人は傷を負ったら洞窟に籠って何もせずにじっとして耐えていたそうです。

それは遺伝子に組み込まれた自己防衛本能と言ってもいいでしょう。

 

私達がうつになって悲観的感情を誘発させてしまうのは、莫大な精神疲労をいやすために、休まなければならない。今はじっとして動かないでいなければならない。

 

休め、休め、動くな、動くなと言う体の反応がそういう思考になって表れているという考え方もできるのではないでしょうか。

 

楽しい気持ちでは、外へ飛び出していってしまいます。

ウキウキしていても、無理な行動をしてしまいます。

 

だからこそ、喜怒哀楽の喜び、怒り、楽しみの感情をあえて下げて、相対的に悲しみの感情を増大させます。

 

そうすることによって、じっと動かず、休息に徹するように仕向けているのではないかなと私は考えます。

 

しかしながら、この相対的に増大した悲しみの感情は辛いものです。

耐え難い苦しみと言ってもいいでしょう。

これがきっかけで自死に至ることもあります。

 

しかしこの悲しみの感情プログラムが苦しく感じられるのは、その悲しんで何もできない自分を否定する、もう一方の自分がいるからです。

 

悲しみのプログラムで試行している自分も自分自身、それを否定するもう一方の自分も自分自身です。

 

本来の自分、本当の自分、こうあるべき自分なんてものは存在しないのです。

同時に複数の自分がいて、それがないまぜになって今の自分を形成しています。

つまり今自分が否定している何もできない、悲しんでいる自分も、列記とした自分なのです。

 

では、そうしたらこの苦しみが和らぐでしょうか。

延々と否定しても、なお悲しみ続ける自分をどうしたら救えるでしょうか。

 

まずは認めてみましょう。

「そうだね、精神的に疲労しきっている自分を危険から守ってくれるために悲しい気持ちになってくれているんだね」

そう思ってみてはどうでしょうか。

 

そうすれば、少し悲しい気持ち、憂鬱な気持ちになっている自分自身を否定せずに見られるのではないでしょうか。

 

どれだけ否定しようと、どれだけその思考を止めようとしたところで、悲しみの思考プログラムは自信の精神疲労をいやすために発動し続けます。

決して止まる事はありません。

 

まずは「本来の自分」、「本当の自分」と言った画一的な自分がいるということを否定し、今思考している自分自身が、全部含めて自分なのだと考えてみましょう。

 

悲しんでいる自分を認めてあげましょう。決して否定せずに。

自己否定はうつの悪化にしかなりません。

最悪死に至ります。

 

上記のような考え方も、ある種の認知の歪みを取り払うことの一助になりうるのではないかと考えます。