アラフォー男のうつ病闘病記

アラフォー男性のうつ病闘病記です。病気のこと、気になったこと、趣味についていろいろと語っていきたいと思います。おっさんと言っていい年齢の男の復活劇(になるはず)なので、良ければ読んでいってください。

障碍と結婚について

私は妻と結婚して10年になる。

なれそめは仕事関係のつながりであったが、3年の付き合いの末、親のすすめもあって、結婚を決意する。

何の問題もなく結婚できるものだと私は思っていたし、何も考えずに妻にプロポーズした。

もちろん答えは「はい」であった。

しかし今の妻から、兄が、重度の知的障害であることを知らされる。

現実を知らない。世間一般の耳触りのいい奇麗ごとを信じ切っていた私は

「そんなの問題ないさ、差別なんてされないよ!」

そう彼女に告げた。

彼女も安心した様子で、「それなら結婚も安心してできるね」と言っていた。

私は現実など何も知らなかった。障害者に対する世間の本音など何も知らない甘い考えを持った「若造」だったのだ。

私は何の気なしに両親に妻の兄が障碍者であることを話した。

その瞬間に両親は豹変する。

鬼のような形相で、「そんな家とは結婚させられない。別れなさい!」

そう怒鳴られた。

私には意味が分からなかった。差別はいけない物じゃないのか?悪い人間のすることではないのか?私の両親がそれをするのか?

驚愕の面持ちで私は何も言えなかった。

その後も色んな方面から反対を受けることになる。

仕事中に祖母から電話で「ヤマトくん!あんたぁ障碍者のいる家と結婚したいんじゃって!?そんなんおばあちゃん認めんけぇね!絶対だめよ!」

そんな風に言われた。

優しかった祖母が、あんなに人当たりの良かった祖母までが豹変した。

愕然とする私。

しかしふつふつと怒りがこみあげてくる。

「何で差別するんだ!彼女に何の罪がある!関係ないではないか!」

怒りのままに父に電話をかける。

「これ以上彼女を誹謗中傷するなら許さんぞ!どいつもこいつも胸糞悪い事ばかり言いやがって!」

そう言った。

父の返答は「胸糞悪いじゃろうの。これは差別じゃ。何が悪い、子供の将来を思って言ってるんだ。普通の家庭と結婚して、苦労のない人生を子供に遅らせたいと思って何が悪いんじゃ。そのためなら差別だろうがなんだろうがするわ。」

今でこそ子を持つ親の身となった私はこの言葉の意味を理解できる。

わが子には苦労のない安定した人生を送ってほしい。親なら当たり前に持つ感情だ。

しかし当時の私は若かった。そんなこと到底受け入れられるわけもない。

そこから戦いが始まる。

私は彼女を愛していた。どうしても結婚したかった。

だからプライドも何もかも捨てることにした。

両親に、祖母に、親戚一同に平身低頭頭を下げ、土下座までした。

どうしたら結婚を許可してくれるのか、祝福して結婚させてくれるのかをたずねた。

私の姿勢に心が動いたのか、皆一同、「子供に障害が遺伝しないことを証明してくれ。それからその兄の面倒をお前が見ないことを向こうの両親に確約させてくれ。書面でよこせ。」

そう言われた。

私は彼女にそれを告げた。彼女は怒るだろう。こんなことをさせられるのなんて到底プライドの許すものではないだろう。そう思った私の考えは覆された。

彼女は「いいよ。わかってるよ。障碍者は差別されるものだもんね。それは仕方ないよ。風当たりが強いことだって知ってる。やるよ。」

そう言った彼女は、本当に書面にして私の家に送ってきた。

内容は、「兄の障害は後天的なもので、インフルエンザ脳炎によるもの。遺伝的な要素はなく、子供に障害が出ることはない事。兄の将来的な面倒は、もう入る施設を確保してある事。面倒は絶対かけない」そう書かれていた。

父と母、そして親戚一同は憮然とした態度ながらも「それならまぁ・・・」と言ったような感じであった。

しかし結婚に対して金銭的な援助はしない事、二人でお金をためて結婚式を挙げる事。それが条件だった。

私と彼女は必至でお金を貯めた。300万。大きい金額だ。時間がかかったけど、節約して節約してなんとか工面した。

ここまでやって、ようやく父が「よぅやった。そこまでの覚悟があるんなら結婚してもええ。認めちゃる。」そう言われた。

私は安堵した。これでやっと何の障害もなく結婚できるのだと。

そして結婚式が行われ、私たちは結婚した。みんなに祝福されながら。

我ながらよくやったと思う。

上述したように、これが私の直面した現実だ。

障碍者は差別される。特に結婚となると最早、難しいどころの話ではない。

今でこそ、結婚は個と個、人と人の結びつきが重要視されているが、それは昨今の話で合って、昭和の時代を生きてきた人たちにとっては、結婚は家と家の結びつきであった。当然相手の家柄、家族構成、そんなものを重要視するのである。

障碍者がいようものなら総出で反対する。それこそ猛烈な攻撃だ。

祝福されて結婚したいならそれ相応の覚悟が必要になってくる。

並大抵の覚悟ではない。自分のプライドなんて言っていられない。

そんなもの全部捨てて、納得してもらうまで食い下がる覚悟が必要だ。

逆に言ってしまえば、そんな事すらできない程度の愛情であるなら、別れてしまった方がお互いのためだろう。

厳しい事を言うようだが、これが現実だ。

私達は幼い頃から差別はいけない、障害を持った人たちも一人の人間だ。平等に扱いましょうと教えられる。

しかしそんなものは嘘っぱちだ。

そんな事が言えるのは障害と関係ない場所に居られる幸せな人間の平和ボケした戯言だろう。

いざ火の粉が自分に降りかかれば人間は豹変する。奇麗ごとなんて言わない。汚い、胸糞悪い事でも平気で言うようになる。

しかしそれは当たり前のことなのだ。できれば自分の子供たちに不幸な結婚はしてほしくない。平穏無事に普通に暮らしてほしいから言うのだ。

以上が障害を持った家庭と結婚をした私の記録です。

正直胸糞悪い思いをされる方もいるでしょうが、これが現実です。

今から障害を持って結婚されようという方はそれだけの覚悟があるか、今一度ご自分の胸に聞いてみる事をお勧めします。